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神戸地方裁判所尼崎支部 昭和42年(ワ)342号 判決 1969年8月29日

原告

仲村徳三

ほか一名

被告

工都タクシー株式会社

主文

一、被告は原告仲村徳三に対し金三、二五四、〇五一円およびこれに対する昭和四三年一月二日以降完済まで年五分の金員を支払え。

二、被告は原告仲村千枝子に対し金一七、七〇五円およびこれに対する昭和四二年七月一四日以後完済まで年五分の金員を支払え。

三、原告らのその余の請求を棄却する。

四、訴訟費用はこれを平分し、その一を原告両名の負担とし、その余を被告の負担とする。

五、この判決は第三項を除いて仮に執行できる。

事実

原告ら訴訟代理人は、(一)被告は原告仲村徳三に対し金七七〇万円およびこれに対する昭和四二年七月一四日以降完済まで年五分の金員を支払え、(二)被告は原告仲村千枝子に対し金三〇万円およびこれに対する前同日以降完済まで年五分の金員を支払え、(三)訴訟費用は被告の負担とする、旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

一、原告仲村徳三は、次の交通事故発生により傷害を受けた。

(一)  事故の日時、場所、加害者

1  昭和四一年六月一日午後九時一五分項

2  尼崎市道意町三丁目一一番地先、第二阪神国道の東行車道の交差点内

3  加害自動車は営業用普通乗用自動車(兵五い〇〇九五)。被告がタクシーとして運行に供用中のもの。

運転者訴外具志堅力。西から東方へ直進中。

(二)  事故の態様

原告徳三は原付二輪車に乗り同国道西行車道を西進したうえ、同交差点を右折し中央分離帯を北方へ越え、東行車道を横断していたところ、その左側面部に、西方から高速で東進して来た加害者が激突。同原告は、はねとばされて転倒。

(三)  事故の原因と責任

加害車の運転者具志堅力が前方注視義務を怠り、わき見運転をしていたため、原告徳三を発見するのが遅れた。

被告は、加害車の運行供用者として責任がある。

(四)  同原告の受傷

左足部切断、顔面打撲挫創、右前膊部右小指挫創、左手背挫創、左上膊挫傷、左側腹腰部打撲挫傷、左恥骨々折、尿道損傷。

二、そのため原告徳三は、即日入院し、同年七月二六日左下肢切断手術を受け、同年一二月一一日退院し、以後四二年三月一三日の全治まで通院加療したが左記の後遺症がある。

1  左下腿三分の一喪失

2  尿道損傷による尿道狭窄症

3  膝関節運動の軽度の障害

4  陰茎の勃起不全

三、原告徳三の損害

(一)  逸失利益一四、八六三、一五五円

同原告は、事故当時四五才で、西武化学工業株式会社に勤めフォークリフト運転業務に従事し、平均月収九一、八八四円を得ていたが、本件事故のため、直ちに休職(無給)となり、昭和四一年一一月末解雇された。同原告は昭和四二年三月中頃、前記各後遺症を残して一応治癒した。

1  それで、社会復帰を願い、義足による歩行訓練を続けているうち昭和四三年半頃不測の事故による傷病もあって、同年末まで就職できず、結局、事故の翌月から昭和四三年末まで二年六箇月の間の収入金二、七五六、五二〇円を喪失し、

2  昭和四四年一月一日(四八才)から就労できるとしても、前記後遺症のため、月収二万円を超えることは困難である。それで同原告の同日以降の就労可能年数を一五年とし、その間の収入減(月額七一、八八四円の一五年分)をホフマン式により算出すると、金一二、一〇六、六三五円となる。

3  合計一四、八六三、一五五円が利益喪失による損害である。

(二)  義足の費用一九六、五四六円

原告徳三は、一生の間義足を必要とし、二年に一回取替える必要がある。同原告の余命は二六年であるから、将来一三回の取替を必要とし、費用は一回金二四、〇〇〇円であるから、毎年一二、〇〇〇円宛を要するに等しく、この合計現価をホフマン式により算出すれば金一九六、五四六円となる。これが、義足に要する損害である。

(三)  治療費四六六、五五六円

1  原告徳三が入院した田中病院に負担する治療費債務のうち、被告が一部支払つた残りの債務二七〇、〇一〇円がなお残存する。

2  同原告は、後遺症である尿道狭窄について、一生の間、定期的に毎月一回、尿道拡張の施術を受けねばならず、その費用は交通費を含め一回金一、〇〇〇円であるから、年額一二、〇〇〇円となり、余命二六年間の総費用の現価をホフマン式により算出すると金一九六、五四六円となる。これが尿道狭窄による治療費の損害である。

3  合計金四六六、五五六円が治療費損害である。

(四)  慰藉料二五〇万円

同原告は、前記後遺症のため職場を失い、小学校五年生を頭に三人の子供を抱え、生活が心配であるのみならず、義足の使用、尿道拡張など将来もなお肉体的苦痛に耐えねばならず、更にその上、陰茎勃起不良のため夫婦生活が不自然になり家庭生活全体が重大な危機に頻している。そのため蒙る原告徳三の精神的苦痛はまことに著しく、この慰藉料は金二五〇万円以上である。

(五)  訴訟費用

原告徳三は、法律的素養がないため、已むなく訴訟手続を弁護士に委任した。そして着手金三〇万円、成功報酬一割の契約を結んだため、同額の損害を蒙った。これも、本件事故により生じた損害であり、すくなくとも被告において金一〇〇万円を負担すべきものである。

四、原告仲村千枝子の損害

同原告は、原告徳三の妻である。

(一)  逸失利益

原告千枝子は、事故当時協和産業株式会社に勤務し、月収一一、八一〇円を得ていたところ、夫徳三の看病のため已むなく三箇月間欠勤し、得べかりし給与の収入三五、四一〇円を喪失した。

(二)  慰藉料五〇万円

夫徳三の前記負傷(後遺症を含む)により、原告千枝子は、夫を失った場合と同様の精神的苦痛を蒙つたが、この苦痛は著しく深刻であり、慰藉料は金五〇万円以上である。

五、原告両名は、右のとおり損害を蒙つているところ、原告徳三の過失を相殺してもなお損害額の七割を請求できるから、そのうちから原告徳三において既に一部賠償を受けた金一八四万円を控除した残債権の内金請求として、

(一)  原告徳三は金七七〇万円

(二)  原告千枝子は金三〇万円

およびこれらに対する訴状送達の翌日の昭和四二年七月一四日以降完済まで民事法定遅延損害金の支払を求める。

と述べ、なお、被告の答弁に対し、

六、本件交差点に先に進入したのは原告徳三である。訴外具志堅は、客を拾うため脇見をなし前方注視を怠つたため、既に交差点に進入していた同原告に気がつかず、僅かに右前方二米八〇に近接して始めて発見し、急遽急制動の措置をとつたが間に合わず、本件激突を惹起した。すなわち、先に交差点に進入して優先権を獲得していた原告徳三の正当な権利を侵害して惹起した本件事故に対する加害者側の責任は、決して軽いものではない。

七、殊に、高速の、しかも重量ある自動車が発揮する破壊力は甚大であり、とうてい原付二輪車の比ではない。そのため自動車運転者に要求される注意義務は極めて高度のものである。しかるに、具志堅は交通量の多い本件国道の、しかも交差点で、脇見運転をなし、時速六〇粁という高速をもつて、加害自動車を原告徳三に激突させた。加害者側において、本件損害の七割以上を賠償すべきは当然である。

と述べた。

被告訴訟代理人は、原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。との判決を求め、答弁として

一、原告らの主張事実中

(一)  原告ら主張の日時、場所において、東進して来た主張の加害車が、同所を北方へ横断中であった原告徳三運転の原付二輪車の左側面に衝突し、そのため同原告がはねとばされて転倒し、負傷したこと、

(二)  右加害車は、被告がタクシーとして運行の用に供しており、訴外具志堅力がこれを運転していたこと、

(三)  原告両名が夫婦であり、事故当時原告徳三が四五才であつたこと、はいずれも認める。その余の原告ら主張事実は争う。

二、本件事故は、原告徳三の重大な過失によるものである。すなわち、

(一)  原告徳三は、第二阪神国道を時速約三〇粁で西進したうえ、本件交差点において北方へ右折し、東行車道(交差点)に進入したが、そのとき何らの減速もせず、徐行もしていない。

(二)  右折する場合には、まず道路の中央に寄り、交差点の直近の内側を徐行せねばならぬ、との法規にも違反した。

(三)  そのとき、交通信号は、東西が青で、南北は赤であつた。同原告は無暴にも北方の赤信号に向つて突進した。

(四)  加害車の運転者具志堅力は、進路前方(東方)の青信号を見て運転しており無過失である。本件の場合、加害車が西方から交差点に先ず進入したその後において、原告徳三が無暴にも南方から同交差点に進入したものであることはいうまでもない。

(五)  本件国道の幅員は五〇米であるのに反し、これに交差する南北道路の幅員は僅かに一二米にすぎない。したがつて、東進車に優先権があること極めて明白であるにも拘らず、前記のとおり徐行義務を怠り、かつ右優先権を無視して交差点に進入した原告徳三の過失は重大である。

三、原告徳三には前記の重過失があるのに反し、加害運転者具志堅力は、青信号を信頼し、かつ「一般に運転者たるものは常に交通法規を厳守して運転するであろう」旨信頼して、運行していたため別段の過失はない。

四、仮に右運転者具志堅に何らかの過失があるとしても、極めて軽微であるのに対し、原告徳三の過失は前記のとおり著しく重大である。それで過失相殺を主張する。

と述べた。

証拠関係〔略〕

理由

一、原告らの主張事実中

(一)  昭和四一年六月一日午後九時一五分頃、主張の国道東行車道の交差点内において東進して来た原告ら主張の加害車が同所を北方へ横断中であつた原告徳三運転の原付二輪車の左側面に衝突し、そのため同原告がはねとばされて転倒し負傷したこと、

(二)  右加害者は、被告がタクシーとして運行の用に供しており、訴外具志堅力がこれを運転していたこと、

(三)  原告両名が夫婦であり、事故当時、原告徳三が四五才であつたこと、

はいずれも当事者間に争いがない。

そして、右衝突事故により、原告徳三がその主張どおり左足部切断、左恥骨々折、尿道損傷その他の傷害を蒙り、直ちに入院、治療を受けたことは、〔証拠略〕により容易に認定できる。

二、ところで、被告は、運転者具志堅の無過失を主張するのであるが、〔証拠略〕によると、右運転者の一瞬の間の前方注視義務違反が原因ともなつて、本件事故を惹起したものであることが認定できるから、被告は、同加害車の運行供用者として、本件損害につき賠償責任を免れることができない。

三、次に、被告の主張する過失相殺について判断する。〔証拠略〕を総合すると、

(一)  原告徳三は、

1  幅員の広い国道の西行車道を西進中に右折して、狭い南北道路を北進しようとしたのであるから、同国道東行車道の交差点に進入する直前、まず一時停止あるいは徐行をしなければならないにも拘らず、この注意義務を全く怠り、従前のまま速度毎時約三〇粁で同交差点に進入した。

2  また、そのとき、左方(西方)から東進して来る交通に注意し、その安全を確認しなければならないにも拘らず、この義務も尽していない。

3  更に、そのとき、南北の信号は「赤」であつたため、これが「青」に変るまで、同交差点(東行車道)に進入してはならない義務を負うていたにも拘らず、この義務さえも尽していない、

ところ

(二)  加害車の運転者具志堅は、幸い進路方向(東方)の信号が「青」であつたため、一瞬の間、同交差点南出入口付近に対する注視義務を怠つたまま時速約六〇粁で東進した。

以上のことがそれぞれ認定できる。右認定に反する〔証拠略〕は〔証拠略〕に照しいずれも措信できない。

したがつて、本件事故発生についての原告徳三の過失は、訴外具志堅のそれに比しはるかに重大であり、もとより過失相殺を必要とする。しかし、同原告重傷の直接原因は加害車の重量と前示高速度によるすさまじい破壊力であつたと考えられないこともないので、諸般の事情を考慮して同原告の過失を相殺し、被告に負担させるべき損害は、原告らの蒙つた財産上の損害(弁護士費用を除く)のうち医療費(義足費用を含む)全部と、逸失利益の半額に限るをもつて相当と判定する。換言すると慰藉料および弁護士費用の各全部、ならびに逸失利益損害の半額は、これを被告に負担させるべきではない。

四、それで、原告徳三の財産上の損害(弁護士費用を除く)について検討する。

(一)  逸失利益

〔証拠略〕を総合すると、同原告(大正九年一〇月一六日生)は、かねて西武化学工業株式会社に勤めフォークリフト運転業務に従事し、所得税を源泉徴収された手取り給与として月平均八九、一七八円を受けていたが、本件事故により直ちに休職(無給)となり、次で解雇された。同原告は右事故により主張どうり左下腿三分の一を喪失したので、義足を着用し、昭和四二年三月半頃一応治癒したが、同年中は歩行練習等のため就労不能であつた。昭和四三年一月ようやく就職したが、事務能力はなく不具者のこととて月収は二万円程度であり、将来、これを超える収入を得る見通しは殆んどなかつた。以上の各事実が認定できる。

なお、原告らは、昭和四三年中も不測の事故により就職できず、無収入であつた旨主張する。しかし、この不測の事故と本件交通事故の間に相当な因果関係を認める証拠はない。それで、昭和四三年以降の逸失利益は、原告徳三の就労能力一部回復により、前年よりも月額において金二万円減少したと解するのが相当である。

以上認定の各事実から見れば、もし原告徳三が本件事故に遭わなかつたものと仮定した場合、同原告は、昭和五四年末日(同原告満五九才余)まで、フォークリフト運転手として就労し、従前同様月収八九、一七八円(税引)を挙げ得たものと推認できる。しかし、右期間を超えた後もなお従前の収入額を維持できる旨の原告らの主張については、末だこれを認める充分の証拠がないので、この主張は理由がない。

前示の各資料にもとづき、原告ら主張の本件事故の翌月以降の逸失利益を算出するに、

1  昭和四二年一二月末日まで一八箇月分(一年半)の逸失利益は、月額八九、一七八円の一八倍、すなわち金一、六〇五、二〇四円であり、

2  昭和四三年一月一日以降昭和五四年末まで一二年間の逸失利益は、就労能力が一部回復しているので月額逸失利益金六九、一七八円、したがつて年間のそれを金八三〇、一三六円とし、これに利率年五分のホフマン係数九・二一五一を乗じると、金七、六四九、七八六円となる。これが右一二年間の逸失利益の昭和四三年一月一日における現価である。

したがつて、逸失利益の合計は、同日現在金九、二五四、九九〇円である。

(二)  義足の費用

〔証拠略〕によると、同原告は、一生の間、義足の着装を必要とし、昭和四一年九月頃からこれを購入使用しているのであるが、大体二年毎に新調しなければならず、したがつて同原告の余命から見て一生の間には合計一三回に亘つて新調する必要があるところ、一回の新調代金は金二四、〇〇〇円であることが認定できる。それで、原告ら主張どおり年間一二、〇〇〇円の費用を要するものと仮定し、二六年間の総費用の現価を前掲ホフマン式(その係数一六・三七八九)により算出すると、金一九六、五四六円となる。これも原告徳三の損害である。

(三)  医療費

〔証拠略〕によると、原告徳三は、事故当日から昭和四二年三月一三日までの間に田中病院における治療費債務として金六二万円を負担したところ、現になお金二七〇、〇一〇円の同債務が残存していることが認定できる。

なお、原告らは、後遺症である尿道狭窄について、その拡張施術の費用を要する旨主張する。けれども、原告徳三本人の供述によると、この施術は、特に医師でなければならぬというほどのものではなく、素人である原告自身が適宜施術しても差支えはないことが認定できる。それで、この施術費用の損害金の主張は理由がない。

(四)  原告徳三の財産上の損害(弁護士費用を除く)は前示のとおりであるから、そのうち被告の負担すべき部分は

1  逸失利益の半額金四、六二七、四九五円

2  医療費、義足費、計金四六六、五五六円

合計金五、〇九四、〇五一円であるところ、原告らは、これに対し金一八四万円の弁済を受けた旨自認するので、残額は金三、二五四、〇五一円である。

五、最後に原告千枝子の財産上の損害であるが、〔証拠略〕によると、原告ら主張どおり同原告は、本件事故のため、主張の会社を三箇月間欠勤し、得べかりし給料収入三五、四一〇円を喪失したことが認定できる。原告らの主張によれば、これは逸失利益であるからその半額一七、七〇五円は被告が負担すべきものである。

六、よつて、原告らの本訴請求中、被告に対し

(一)  原告徳三において金三、二五四、〇五一円およびこれに対する昭和四三年一月二日以降

(二)  原告千枝子において金一七、七〇五円およびこれに対する訴状送達の翌日であること明らかな昭和四二年七月一四日以降

それぞれ完済まで民事法定遅延損害金の支払を求める部分を正当として認容し、その余の請求部分を失当として棄却すべく、訴訟費用の負担については民訴九二条、仮執行の宣言については同一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 山田義康)

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